短編集「ボーイズ・セレナーデ」に収録予定の「ぼくの妖精」の試し読み版です。
作業中につき、細部が変わる可能性があります。ご了承ください。
「ぼくの妖精」
エイリーカ王国の伝統として、十の年を迎えた子供には妖精が贈られる。
僕もつい先日、十歳になった。体が小さいからって、からかわれる毎日。気の合う友達を見つけられず、居場所を見つけられない日々。そんなのも、もうすぐ終わる。妖精がもらえるんだから!
僕は七歳からセド・カナル学園の寮に入って暮らしている。ここに入っていれば、将来いい大学に入れるとかなんとか。でも大学まであと一体何年あるんだ? こんなにも馴染めない学園で、ずっと耐えられるのかな……なんて悩みも、なくなる。妖精がもらえるんだから!
実家にいれば誕生日にもらえたのだけど、残念ながら寮では一斉に妖精を配るようにしているらしい。僕ら――十になった少年少女は、まだ寒々しい春の日に、外に呼び出された。
豊かな白いひげをたくわえた学園長が、僕らの前で滔々(とうとう)と語る。
諸君らは栄えあるセド・カナルの生徒であり、いずれこの国を担っていく人材である――とか、なんとか。最初は真剣に聞いていたけど、段々馬鹿らしくなってきて、学園長の後ろにある、一本のサンザシの木を見つめた。
サンザシの木の下には、色とりどりの箱が置いてある。あれに、妖精が入っているのだ。
妖精の選択は、学園長と保護者で行い、各生徒にぴったりだと思われる妖精が選ばれるのだという。
学園長は僕を心配してくれているようで、たまに廊下ですれ違うと「上手くやってるかね」と声をかけてくれる。僕は見栄を張って、「万事順調です!」と答えるが、学園長の薄青い目はどこか、疑念をたたえていることがほとんどだから、僕が上手くやってないことは丸わかりなのだろう。
くわえて、僕の両親はかなりの親馬鹿だ。きっと、いい妖精を選んでくれたはず。
僕はとにかく、強い妖精がほしかった。実は、この学園では妖精同士を戦わせる遊びが流行っている。強い妖精を持つ者ほど尊敬されるという寸法だ。いじめっ子のエリクや、乱暴者のアーネルだって、僕の妖精が勝ちまくれば、僕を見直すだろう。妖精次第で、教室の勢力図は、一気に変わるのだ。
ああ、楽しみだ。待ってられないよ。
うずうずする僕に気付いたのか、学園長は片手を挙げて「もう少しだけ話を聞きなさい」と言って、また話を再開した。さっさと終わってくれ。
たっぷり十分ぐらい続いた学園長の話が終わった時にはもう、僕は待ち疲れていた。
「それでは――みんな、妖精の入った箱を取りなさい。それぞれの名前が書いてあるから、間違えないように!」
校長の合図で、生徒はサンザシの木の下に突撃した。僕も押されながらも、必死で箱に手を伸ばした。
リオン・トワカリル――あった! 僕の箱だ!
きれいな、薄紅色の小さな箱だった。あんまり強そうじゃないな。ま、箱で強さが決まるわけじゃない。問題は中に入っている妖精だ。
周りの生徒は既に、箱を開け始めていた。
「うおーっ、強そう!」
そんな声が聞こえて焦る。待て待て、僕の妖精が一番強いはずなんだぞ。みんな、見てろよ。
焦る気持ちを抑えながら、僕は白いリボンを解いて箱を開ける。
さあ来い、強い妖精!
「こんにちはーっ!」
箱から飛び出した妖精は、翅(はね)を震わせて飛んで、僕の目の前でお辞儀した。
「私はティラよ! ……まあ、かわいい男の子! よろしくね!」
僕は動揺のあまり、箱を取り落とした。
「どうしたの?」
彼女は、僕の顔を覗き込む。きらきらとした金髪に、緑の目。きゅっとしたバラ色の唇。
どこからどう見ても、かわいい妖精の女の子だった。
――こんなの、聞いてないっ!
妖精には、人間や動物と同じく雌雄(しゆう)がある。彼らの特徴は人間と似ている。もちろん、戦闘に向いているのは男の妖精なのだった。
つまり、女の妖精なんて問題外だ。妖精同士を戦わせる場で、女妖精なんて見たことがない。
女妖精は、よく喋るだけで戦闘能力はほとんどない。
僕に宛がわれたティラも、嫌になるほどよく喋った。
「どうしてこっち向いてくれないのー? ねえねえねえ!」
……うるさい。僕はお前のせいで、へこんでいるんだ。
とは口に出さずに、僕は机に頬杖をついて、大きなため息をつく。
僕はあの後、すぐさまこの妖精を箱に押し込んで、自室へと高速で帰って来た。今日はあれ以降に授業や行事がないのが、幸いだった。
夕食のために食堂まで行ったけど、ティラは連れて行かなかった。どうして妖精を連れていないのか、と聞かれたらどうしようとびくびくしていたが、誰も聞いて来なかった。……こういう時は、自分の存在感の薄さが有難い。
学園長室まで学園長を訪ねたが、用があったらしくて、会えなかった。明日、授業が始まる前に行こう。
絶対に、僕の妖精は手配違いだ。両親は、僕に強い妖精を贈ってくれたはず。業者のミスか学校側で取り違えてしまったのだろう。そうだ、そうに違いない。
「ねー、ってば! どうして私と話してくれないの⁉」
相変わらず、ティラはうるさい。僕は机をばんっと叩いて、怒鳴った。
「うるさい!」
「……びっくりした! 止めてよ、妖精は繊細なのよ! そんな大きな声と音を出されたら、耳が壊れちゃうわ!」
「耳が壊れそうなのは、僕の方だ! さっきから、ぎゃあぎゃあうるさいんだよ!」
「まーっ」
ティラは怒ったように、頬をふくらませた。
「でも、いいわ。やっと喋ったわね。私、あなたの名前すら聞いてないんだけど?」
「……リオンだ」
「リオン! 私はティラよ、よろしくね」
名前は初対面の時に聞いたというのに、ティラはまたまたお辞儀をしていた。
「どうしてそんなに不機嫌そうなのか、聞いていい? 妖精もらう子供たちはみんな、たいそう喜ぶって聞いていたのに!」
「……僕の妖精が、お前だったからに決まってるだろ」
「え?」
きょとん、とティラは目を丸くする。悔しいぐらいかわいいが、かわいいだけの妖精なんていらないんだ。
「私の何が不満? 私はおしゃべりが得意よ。音楽も好きで、歌も得意よ。こうして、踊るのも得意!」
ティラは優雅にステップを踏んだ。
「僕は強い妖精がほしかったんだ! 妖精同士で、対決させたいんだから!」
「そ、そんなこと言われても」
ティラは戸惑っているようだったが、僕は椅子から移動して、ベッドに寝転んだ。
この学園も寮も窮屈だが、唯一いいことは、全員に個室が宛がわれることだ。あんなに怒鳴っても文句を言われない――と思ったら、壁を殴る音が聞こえた。さすがにうるさかったか。
ちらりと、机で立ちすくむティラを見やる。
ティラはかわいらしいし、女の子ならきっと喜んだだろう。女の子は妖精を対決させたりしない。話し相手として、いつも肩に載せている。
……やっぱり、どう考えても間違いだな。どこかの女の子の元に行く妖精が、間違えてここに来ただけだ。
ティラのためにも、明日、学園長に言わないと。
ふああ、とあくびをして僕は起き上がる。着替えが面倒すぎて、まだ制服から部屋着にすら着替えてなかったのだ。
ベッドから下りて、僕は出しておいた寝間着へと着替える。洗濯物を籠に放り込んだところで、一息つく。
「リオン。そんなに怒らないで。私はあなたの妖精になったんだもの。仲良くしたいわ」
「僕は仲良くしたくない」
どうせ、明日になればティラはどこかに行ってしまうだろう。
「ひ、ひどいわ」
ティラがさめざめと泣き出したが、泣きたいのはこっちだった。
【続きは製本版でお楽しみください】